連載クース小説「名酒泡盛ロマン」
第一回
泡盛館開館記念
古酒(クース)ゆんたく
中頭文化No.19より
クース小説「名酒泡盛ロマン」
砂川 正男作
泡盛館開館記念誌に寄せて
バブル不況後の県経済は、重要産業である観光にも影響がでてる中で、沖縄県の特産品であり、5百年の歴史を有する泡盛が頑張っているのは嬉しいかぎりである。
私が泡盛古酒(クース)に夢とロマンを託して、はや10年の歳月がながれる中、琉球文化の発祥の地、古都首里寒川町に泡盛古酒(クース)文化の確立を目指し『泡盛館』を開館することができました。
さらに、沖縄市を中心とする泡盛古酒に敬愛を持った人達の集まりである『ニクブクの会』砂川正男氏作の「クース小説名酒泡盛ロマン」を泡盛館開館記念誌として協力をいただき心より感謝いたします。
『泡盛古酒(クース)文化の確立』を目指し多くの皆様の御一読をお願いいたします。
1995年8月18日
泡盛館館長 宮 城 昭 義
クース小説 名酒泡盛ロマン 砂川正男著
第一回 幻のクース泡盛
「ふるさと情報」の女性記者琉ちゃんは、風光明媚な伊是名村の出身である。その琉ちゃんが、独り暮らしの父のもとへ、さっそうと帰ってきた。
父娘は、5年ぶりの再会であった。
父の金蔵は、自慢の古酒ガメから、カラカラにクースを注いでくると、嬉しそうにあぐらをかいて、二つの盃に淡い黄金色のクースを満たした。
「琉ちゃん、今夜はゆっくり飲もう」
挨拶がわりに愛蔵クースでの歓迎の宴である。琉ちゃんは、満たされた盃をてのひらに包むようにして、視線は父から離さなかった。
金蔵は、娘と向かいあって、久しぶりに愛蔵のクースの盃を傾けるのが、嬉しくてたまらないのだ。母が他界して10年になるが、父娘は、別々に暮らしている。
「飲んでごらん」
父は、眼と顔で琉ちゃんにクースをすすめた。
「わーッ、おいしい!」
琉ちゃんは、感嘆の声をあげて、おいしいを連発して盃を重ねた。
金蔵は、遠く過去のなつかしい感動を、呼び戻すかのように語り出した。
「この世に生まれて、世界最高の美酒にめぐり逢えるなんて、なんと素晴らしいことであろうか!古酒〈クース〉泡盛は、世界の最高峰であり、名酒中の名酒である。これは、私の実感である。」
父の声には、力強い確信と誇りが感じられた。父は、話を続けた。
「私が、幻の古酒〈クース〉泡盛を一口飲んで、その最極の美味に絶句したのは、今から20年前の夏であったと思う。」 父は、記憶をたぐり寄せているらしい。
「沖縄市の胡屋に住んでいた叔母が急逝して、その訃報を知らせに行った先輩の事務所でね、なにげなく古酒ガメから汲んで出されたのが、天下の名酒クース泡盛であった。
中根先輩がね、「この酒は、幻の名酒だ。これを飲んで悲しみを乗り越え、元気を出してがんばれ!」と先輩は、淡い黄金色にゆらめくグラスをすすめながら、力強く激励してくれた。
私は、先輩の温かい真心と慈愛を感じて、心から感謝しながら、グラスに唇をつけた。すると、得も云われぬ、ふくいくたる甘い香りがして、猛烈な食欲と誘惑を抑えながら、口に含んでみると、トロリとした甘味がふんわりと口中に広がり、円やかにシルクのように、優しくスムーズに喉に滑り込んでいくのが、大きな感激のうねりとなった。
私は、不覚にも涙ぐんだ、なんとすばらしい名酒であろうか!幻のクース泡盛を、生まれて初めて、賞味した感動と先輩の深い思いやりに対する感涙を流したんだ。
後日、先輩に訊いてみたが、私が賞味したクースは、どうやら昭和30年代頃の酒で、約30年物のクースだったらしい、度数は、25度くらいだったようだ。
残念なことに、その思い出のクースは、もうこの世に無い。容器の三升ガメも行方不明だとのこと。それこそ幻のクースとなってしまった。
仕次のやり方さえ知っていたならば、親酒として仕次を施し、泡盛クースの名品として、多くの名酒ファンの皆様に喜んで味見していただけたものをと、悔やまれてならない。
父は、感慨深げに一気に話し終えると、本当に悔しそうに唇を噛んだ。
そして、自慢のクースをいとおしそうに啜ると
「琉ちゃん、クースは、沖縄の世界に誇る文化だ。最高の芸術品だよ!」
父のクース自慢話は、際限なく続くのが常である。金蔵は、クースにとりつかれ、魅せられて、クースの虜になっていると噂されるほどであった。
琉ちゃんも最初の頃は、父の泡盛収集やクースづくりを、単なる趣味程度に軽く考えていたが、それは、大きな間違いであった。
クースは、今や父の生き甲斐であり、生活そのものであった。言い換えれば、クースは、父のすべてであり、人生であり、夢とロマンに満ちたユートピア実現への黄金の鍵である。
琉ちゃんは、いつの間にか娘として、父親である金蔵を深く理解し、これほど迄に真剣になって、クースを愛し誇りをもって、広く伝えていこうと訴えて、語りかけてくる熱意に接し、人間として尊敬していた。
父の口癖は、いつも決まっていて同じであった。
「クースは、生きている。生命体なのだ。だから、立派なクースをつくり、育て、世に送り出すには、心が何より大切なのだ。名酒の絶対条件は、二つある。その一つが、心身ともに健康な人間であり、もう一つが、平和な環境である。」
父は、世界の名酒クース泡盛の熟成には、沖縄の気候と慈悲の心、そして絶対平和な環境が必要であり、戦争こそ名酒クースの天敵だと力説した。
金蔵のクース哲学によれば、名酒は、人間と自然との調和の産物である。
「ところで・・・・見つけたか?」
父は、琉ちゃんの瞳を覗き込むようにして、訊いた。クースの盃は持ったままである。
「ん?まだ!」
琉ちゃんは、短くぴしゃりと語気つよく言い切った。
「まったく、しょうのない奴だ」
と言いながら、父はクースの盃を旨そうに啜った。しかし、少しもがっかりしていない。
「だって、ミーは、まだ若いんす。」
琉ちゃんは、自分のことをミーと呼んだ。高校の頃から癖になっている。
「んん?なんの意味だ、それは?」
父の金蔵は、怪訝な顔つきをして訊いた。琉ちゃんは、はっと戸惑っていると父は
「結婚相手の事じゃ無いよ、勘違いするな、この早とちりが!」
「しまったッ、ミーのミステークでした。」
琉ちゃんは、ぺろっと舌を出して、首をすくめた。
「それを言うなら、ミスアンダースタンドだろう」
「あッ、そうでした。ミーは、もうギブ、アップです。」
二人は、大声をあげて、笑い転げた。
琉ちゃんが、5年ぶりに、ふる里の伊是名島に帰ってきた目的は、父から頼まれていたクースが、やっと見つかったという情報を得たからである。
しかし、幻のクースが、実際に手に入ったわけではない。見つけたという情報だけでも、父の喜ぶ顔が視たかった。
5年前の正月を島で過ごして、帰途の乗船間際の仲田港の桟橋で、別れ際にいきなり
「40年以上のクースを掘り出してきてくれないか。頼むよ。」
と父は、琉ちゃんに掌を合わせた。
「そんなに年代物のクースあるの?」
「なかなか無いと思うよ。」
父は、友人や知り合いを通じて探したが、手に入らないらしい。
「酒造所は?銘柄は何というの?」
「どこの銘柄でも構わないが・・・・、出来たら、新里酒造の琉球がいい。」
父の金蔵は、遠慮がちに小声になった。
それから、琉ちゃんは、40年物のクースを求めて、名酒泡盛ロマンの旅へ旅発つこととなった。期限もなく、特別な注文が有るわけでもない。
琉ちゃんは、父の頼みを、いとも簡単に引き受けた。安受けであった。
ここ5年の間、父から何の催促もなかった。電話での会話も、お互いの近況報告と元気で暮らしていることを、確認するだけでの単調なものであった。そして、父は、
「早く結婚しろよ。体に気を付けてな。」
と、判で押したように、電話を切る前に、必ずつけ加えた。
父は、40年物のクースを探すことを、すっかり諦めたのだろうか。それとも忘れ去ったのだろうか。5年も経てば、自分に頼んだ事さえ、何のことか覚えていないかも知れない。
しかし、あれほどクースに明け、クースに暮れるほどの父が、そう簡単に締めたり、忘れたりするものだろうか?すでに、手に入れているのだろうか?
いや、そんな筈はない。クースの事は、細大漏らさず電話してくる父である。
琉ちゃんは、40年物のクースを見つけて手に入れ、もって帰らないと伊是名島には、戻れない。ましてや、父親の金蔵には会えない。
40年物のクースが手に入らない限り、運天港から船に乗ることは、絶対にしないと心に固く誓った。

■ 前のページへ戻る ■

はじめのページに戻る